
運命線下部の分岐についてです。
これはその人の精神の安定度を示すものであり、分岐が多い人の方が精神年齢が高くなる傾向があるでしょう。
(ただ、厳密に言うと、すべてが上記の意味のものというわけではないのですが、その見分けはかなり難しいものだと思うので、今回はこの件には触れません)
では、今回はこの運命線下部の分岐についてお伝えいたします。
精神が成熟していて、愛が強い
運命線下部の分岐がある人は、精神の成熟度が高く、人に対して思いやりのある行動を取れる傾向があります。
自分を客観視する能力が高くて、「感情的な自分」を客観視することで、感情を鎮める能力がとても高い人が多いです。
では、そもそも、本質的にはこの運命線下部の分岐は何を示しているのでしょうか?
この世に生まれる前に、様々な貢献を通じて徳を蓄えてきた
誰しも、今の表面的自我(自分だと認識している自分)の奥には霊的自我があるのですが、この手相を持つ人はかなり精神の発達が進んでいるため、” 表面的自我をより俯瞰して、客観視できるほどに ” 霊的自我の影響が大きくなっています。
なぜ、それが分岐により示されているのかというと、本線を支える片方の分岐が霊的自我による影響を示しているからです。
多くの場合、その片方の霊的自我は表面的自我とは違う性格をもっており、それゆえに自分を客観視するのと、あと、深い知恵により行動しやすくなっています。
運命線下部の分岐は、手相の中でも総合的に見て、素晴らしい吉相の一つだと思います。
ただ、人生というのは誰にとっても成長の場となるようにうまく創られており、この手相を持つ人の精神の器が大きいからこその苦労があるかもしれません。
大変な人の面倒を見る機会が多くなる傾向がある
不思議なものなのですが、精神の成長を遂げた人というのは、これから精神の成長を遂げようとしている人(まだ途中の道にいる人)の面倒を見る機会が多くなると思います。
自分と精神の課題が似ている人の面倒を見る
家族にその面倒を見る対象がいることもあり、恋人や結婚相手もそのような人を無意識に選ぶケースも多々あるでしょう。
ただ、実際の所、この手相の人が、いくら精神の成長を遂げているといっても、まだ成長の余地はあり、相手の嫌だなと思う部分があれば、ほぼ必ずといっても良いほどに、自分の中にも同じ部分があります。
例えば、この手相を持つ人で多いのは、自分のことを謙虚だと思っていて、相手のことを傲慢で自慢ばかりする人だと思っている場合、実は、自分自身は謙虚であることに過剰に自信を持ち、相手を心の中で軽視してしまっているケースがあります。
(日本人が、日本人は謙虚で素晴らしいと思うことで、”他国の人は傲慢な人達ばかりだ”と見下してしまうことで結果的に自分も傲慢になってしまっているパターンに似ているかもしれません。謙虚という材料により傲慢になっている状態です。)
このように、不思議なものなのですが、相手の嫌だなと思う部分と同じようなところというのは、かなり高い確率で自分自身にもあるものだと思っています。
こうした共通の精神的課題がある人との関係を通じて、また、そのような人のサポートをする中で成長をしていく機会は多くなるかもしれません。
ただ、苦労ばかりするというわけでもなく、この手相を持つ人は自身の願望を叶える上でも素晴らしい才能があります。
高いレベルの地道さ・知性などを備えている
この手相を持つ人は、自身の願望を叶えられるだけの精神力をすでに備えていることが多いです。
そのため、願望が叶った場面をイメージし続けたり、他には、紙に定期的に目標を書き出すなど、何らかの方法により願望達成につながるシンボルのようなものに意識を留めておくことができると、その願望が叶うことも多いでしょう。
これを簡潔にお伝えすると、長い期間(最短でも1~3年以上で)、毎日、一つの望ましい未来に意識を集中するということです。
こうした事は引き寄せの法則などでよく言われることなのですが、全てが叶うわけではないものの、実用的であり、願望を叶える上ではもっとも大切な基本になると考えています。
(簡単に言える内容なのですが、多くの人にとって、長い期間中の気分の浮き沈みの中では継続が難しい内容の一つなのだと思います)
やろうと思えば、こうしたプロセスを長年行うことができる総合力を持ち合わせているのが、この運命線下部の分岐を持つ人だと思います。
三堀貴浩
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